大阪高等裁判所 平成元年(ラ)91号 決定 1989年8月02日
主文
原決定を取消す。
本件免責を許可する。
理由
一 本件抗告の趣旨及び理由は、別紙のとおりである。
二 一件記録によれば、抗告人は、債権者近畿日本信販株式会社外一一名に対し総額一〇一九万六四八九円の債務を負担し、支払不能の状態にあるとして、昭和六二年一二月三日、神戸地方裁判所に対し破産宣告を求める申立てをし、同裁判所において昭和六三年二月一七日破産宣告及び同時廃止の決定を受けたことが認められる。
三 破産法三六六条の九の二号の事由の存否について
一件記録によれば、抗告人は、破産宣告の日の一年前である昭和六二年二月ころ、既に多数の債権者に対して少なくとも数百万円以上にのぼる多額の債務を負担し、その資力からして、更に借入れを継続してもこれらを返済できる見込みはなかったにもかかわらず、債権者らにこれを告げず、さも返済が可能であるかのごとき挙措態度をとって、このころ以降も多数の債権者から多数回にわたって合計少なくとも五〇〇万円以上の借入れを行ったことが認められる。
すると、抗告人は破産宣告前一年内に破産原因たる事実あるにかかわらず信用取引により財産を取得したものであるとともに、破産の原因たる事実がないことを信ぜしめるため詐術を用いたといわざるを得ないから、本件は破産法三六六条の九の二号に該当する事由がある事案である。
四 免責不許可事由がある場合の免責の許否とその基準について
元来我が国の破産法には免責の制度はなく、昭和二七年の改正によって初めて採用されたものであるが、その趣旨とするところは、破産者の更生を容易にし、人間たるに値する生活を営む権利を保障するにあり、政策的には、債務者に免責の途をひらくことにより、債務者がいたずらに借入れを継続して負債を雪だるま式に増大させ、自らの生活の破綻を決定的にするとともに債権者らの損害を巨額のものたらしめることを防止することを目的とするものと解される。
理論的にも、自然人はその債務について無限責任を負うとされているものの、これも全財産の限度における責任とみることができないではなく、財産の主体という観点からみるかぎり法人と区別する理由はないから、法人が破産手続の終結によって全財産関係を清算して法人格を消滅させ、一切の債務を消滅させるように、自然人も破産によって全財産関係を清算する以上、従前の債務を消滅させ、財産主体性の更新を図ることが許されて然るべきであるが、自然人は法人と異なり人格的道徳的側面を有するから、その側面における不誠実性が顕著で、これを財産主体的側面から払拭し得ないような場合は除外されるべきであり、これが免責不許可事由の存在理由であると解することができる。
右のような免責制度の趣旨、目的及び根拠に照らすと、破産者に免責不許可事由が存在する場合においても、裁判所はその裁量により免責を許可することができ、破産者が支払不能におち入るに至った動機、原因その他諸般の事情からみて、破産者の不誠実性が顕著でなく、免責の申立てに対し破産債務者の全員もしくは主要な債権者及び特に深刻な被害を被った債権者において異議を申立てず、破産者において過去を反省して生活態度を改め、社会人として更生できる見込みが十分にある場合においては、裁判所は免責を許可することができるものと解するのが相当である。
五 本件抗告人に対する免責の可否について
これを本件についてみるに、(ア) 抗告人の負債は破産宣告前の一年内に借入れたものが大きな部分を占めており、ことに破産申立てに近接した時期に多額の借入れを行っていること、(イ) 右の借入れは、同人が客観的に支払不能の状態にあるにもかかわらず、各種クレジットカードを用いて安易になしたものであること、(ウ) 抗告人はこの種カードを発行している会社にアルバイトで働らいていたもので、カードによる借入れを濫用することの危険性を認識していたはずであること、がそれぞれ認められる。
しかしながら、一方、(ア) 抗告人は生命保険会社の外交員として勤務するため服装等にある程度の出費を必要としたことが借財の機縁となったもので、生活が派手になったかたむきがあるとはいえ、特に目立った浪費は認められないこと、(イ) その後の借入れはほとんどが従前の借入れの返済を目的としており、破産申立てに近接した時期の多額の借入れについても、借り入れた金員を返済以外の目的に費消したとは認めがたいこと、(ウ)抗告人が借入れにあたり自らの財産状態について積極的に債権者らをあざむくような言動をとったとは認められないこと、(エ) 本件の債権者らは、すべて、消費者金融を行っている規模の大きな金融機関であって、一般的にみて借入れの申込者の信用調査を行う能力を十分に有しているものであること、(オ) 右債権者らは、抗告人の免責の申立てにつきいずれも異議を申立てていないこと、(カ) 抗告人は、自己の過去の生活態度をよく反省しており、更生の意欲が十分うかがわれること、もまたそれぞれ認められるところである。
以上のような諸般の事情をかれこれ勘案し、前説示の基準に照らせば、本件は、免責不許可事由が存在するにかかわらず裁量により免責を認めてよい事案であると考えられる。
六 よって、本件免責を許可しなかった原決定を取消し、抗告人について免責を許可することとし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 今中道信 裁判官 上野利隆 裁判官 瀬木比呂志)